W.本事業で研究したスポーツ種目

2.電動車椅子サッカー
          (国立療養所徳島病院)

(1)電動車椅子サッカーとは
 電動車椅子サッカーは、1982年頃に大阪で始まった競技です。競技人口は年々増加し、現在日本電動車椅子サッカー連盟には約50チーム、400名ほどの選手が登録しています。ワールドカップの影響もあり、今後更に競技人口が増えていくことが予想されます。電動車椅子を持っている障害者なら誰でも参加できることがこのスポーツの魅力です。

(2)大会に参加するには
 連盟にチーム登録し、さらに北海道・東北・関東・関西・中国・四国・九州の7つ(北海道は現在登録チーム無し)に分けられた各ブロック電動車椅子サッカー連絡会に登録することで、各ブロック内で4月〜6月の間に行われる予選大会に出場することができます。また予選大会を突破すると10月〜12月に開催される連盟主催の選手権大会への出場が可能となります。くわしくは連盟本部にお問い合わせください。
(現在役員改選中です。通じない場合は四国ブロック電動車椅子サッカー連絡会田野皓樹E-mail;pure@iikoto.comにお問い合わせください。)

(3)まず準備することは
 競技の際、選手は危険防止のため、電動車椅子のフットレストなどに軽四自動車のタイヤを半分に切ったバンパーを装着します。バンパーはボルトなどで固定し、衝撃が吸収できる構造とし、その高さはタイヤの中心が床から20cmから24cmまでと定められています。これは、電動車椅子がボールに乗り上げて転倒したり、ボールが足を直撃したりすることを防ぐための工夫です。そして、選手はこのバンパーや電動車椅子の側面などを使いボールをキックしたりドリブルでゴールを目指したりします。ボールは直径50cmのJIS規格9号を使用します。(ボールはモルテンで購入することができます。)また試合では電動車椅子に付けたアクセサリーなどは危害を及ばす恐れがあるので、すべて取り外さなければなりません。ただし人工呼吸器を搭載することは認められています。

(4)試合前のチェック
連盟公認の全国大会、各ブロックでの予選大会などでは、違反の防止や公平を期すため、試合開始前に電動車椅子の車検が行われています。まずは速度チェック(写真1)です。最高速度が4.5km/h以下の電動車椅子と最高速度が6km/h以下の電動車椅子を使用します。(最高速度が6km/h以下の電動車椅子は最高2台までと決められています。)車検後は速度設定を変更できないように装置が封印されます。試合開始直前にバンパーの構造と高さチェック(写真2)が行われます。
写真1 速度チェック 写真2 バンパーの構造と高さチェック

図1 電動車椅子サッカー競技図

(5)主な競技規則
  @試合時間、コート  試合時間は、前後半20分の計40分で、間に10分間の休憩がはいります。
試合は前述の通り各チーム4名づつの計8名で行われます。試合中選手の交代は何回でも可能です。また、一度退いた選手が再び競技に参加することもできます。競技には、バスケットボールのコート(図1)を使用します。

  Aキックオフ  競技開始・得点後の試合再開時にはキックオフを行います。キックオフはセンターサークルの中央に静止し置いたボールを相手陣内に蹴ることによって、競技開始、再開します。キックオフを行う際、両チームの競技者は自陣内にいなければなりません。

  Bキックイン  ボールがタッチラインを完全に越えてコートの外に出たときは最後にボールに触れた競技者の相手チームのキックインにより競技を再開します。

  Cコーナーキック、
 ゴールキック
 ボールがゴールラインからコート外に出た場合には、守備側の競技者が最後に触れたボールが守備側のゴールポスト間を除くゴールラインを完全に越えた場合は攻撃側のコーナーキックとなり、ボールが出た場所から近いほうのコーナーキックエリアからキックを行います。攻撃側の競技者が最後に触れたボールが守備側のゴールポスト間を除くゴールラインを完全に越えた場合は、守備側のゴールキックとなり、ゴールキックマークよりキックを行います。

  D3mルール  プレイを開始・再開する場合、ボールを保持していないチームの競技者は3m以上離れなければなりません。

  Eドロップボール  競技者がボールをはさみボールが10秒間動かなくなった場合、またはプレイが中断した時点でボールを保持しているチームが分からない場合はドロップボールにより競技を再開します。ドロップボールは主審が肩の高さからボールを落とします。ドロップボール時には両チームの競技者が3m以上離れなければなりません。

  Fオフサイド  ゴールエリア(台形のエリア)に1チームの競技者3名以上が入るとオフサイドとなります。攻撃側が行うと相手チームにゴールキック、守備側が行うと相手チームにペナルティーキックが与えられます。

  Gペナルティーキック  ペナルティーキックはゴールのセンターにパネルなどを置き、ゴールを半分にし、競技者から向かってゴールの左側にペナルティーキックマークよりフリーでキックを行います。

  H反則と不正行為  競技者が次のような違反を犯した場合、違反が起きた地点から相手側競技者にフリーキックが与えられます。ゴールエリアでは攻撃側が行うと相手チームにゴールキック、守備側が行うと相手チームにペナルティーキックが与えられます。

  ア. 相手の身体または電動車椅子にぶつかる。
(チャージ)
  イ. 相手のドリブルを停止した状態で電動車椅子の真横で受ける。
(ブロッキング)
  ウ. 故意に相手の電動車椅子を停止または、走行不能にする。
(オフスイッチ、オフクラッチ)
  エ. 手、足、その他を用い相手を打ち、または打とうとする。
(バッティング)
  オ. 電動車椅子、バンパー以外を用いボールをコントロールする。
(ハンド)
  カ. ボールをコントロールしないで故意に相手の進路を妨害する。
(オブストラクション)
  キ. 故意に試合の進行を遅らすなど競技する上で著しい不正行為をする。
(遅延行為)
  ク. 前後でボールを挟んで持っていくプレーは、後ろの選手に主導権がある
ものと判断し、後ろの選手に対しファールを与える。
(危険行為)

 I介助員
 試合において各チーム介助員を2名ずつおくことができます。介助員は脱落したバンパーの装着、故障した電動車椅子の退場など、競技が円滑に行われるように介助します。また、電動車椅子の転倒や選手が危険かつ緊急に介助をする必要がある場合などにコートの中に入ることができます。ただし、介助員はプレー中の選手に対して支持を出したり、副審の動きを妨げたりしてはなりません。悪質な場合は介助員の交替もあり得ます。(介助員が触れた選手は一度コート外に出なくてはなりません。)
(四国ブロック電動車椅子サッカー連絡会 規則審判委員 田野皓樹)

(6)メディカルチェック
 電動車椅子サッカーは車椅子の格闘技です。想像以上にハードな競技と考えてください。したがって事前のメディカルチェックは重要です。この点を充分理解していないと思わぬ事故を起こしかねません。主なメディカルチェックの内容は次の通りです。

 @呼吸機能
 筋ジストロフィーでは病態の進行により次第に換気不全が起こります。しかし病態の進行がじょじょであるため自覚症状が乏しいことがよくあります。
このような選手が試合に参加すると思わぬ低酸素症状態(図2)となっていることがあります。この図は試合中の酸素飽和度をモニターした結果ですが、ベンチにいる時には正常な酸素飽和度が試合中は低下していることがわかります。このような場合は積極的に試合中の人工呼吸導入を考えるべきでしょう。ただ、その際、人工呼吸器が破損しないようにカバーをつけるなどの配慮が必要なことは言うまでもありません。
 時々、筋ジストロフィーの方で酸素が少ないからと、酸素吸入を行う場合がみうけられますが、これは注意しなければなりません。換気不全とは酸素が足りないと同時に二酸化炭素が体内に溜まっている状態なのです。このような状態で酸素を使うということは、単に「臭いものにふた」、「街金での借金」のようなものです。後で高いつけをはらうはめになりかねません。
図2 試合中の酸素飽和度


 A心機能
 現在、筋ジストロフィーの患者さんの拡張型心筋症による心不全が大きな問題となっています。当然競技はこの心機能異常にも大きな影響を及ぼす危険性があります。試合中における選手の心拍数の変化を図3に示しました。心拍数増加がベンチに引き上げても容易に下がらないことがわかっていただけると思います。この選手の場合最高心拍数は180にも達しています。電動車椅子を使用するような筋ジストロフィーの方では日常生活での最高心拍数は140程度ですから、その異常さがうかがえます。
 心臓には心不全とは別に脈の乱れ、不整脈の問題があります。特に心室性期外収縮という不整脈が筋ジストロフィーでは多くの方に認められますが、心拍数の増加に伴って不整脈の数が増える場合は注意しなければなりません。
ぜひ、ホルター心電図による確認が必要です。試合中の心拍数増加を単なる精神的興奮で問題ないとする意見があるようですが、そういうためにはきちんとした医学的根拠が必要です。このような呼吸・心臓の問題に関しては、ドクターストップもあり得ます。また場合によっては試合出場時間等の制限も必要になってくるでしょう。

図3 試合中の心拍数変化

 B姿勢保持
 最初に述べました通りこの競技はまさに格闘技です。70kg以上ある電動車椅子が、ボールを介してとはいえ、全速力でぶつかり合うのですから、その衝撃の大きさは想像以上のものがあります。衝突時には瞬間的に1G近い加速度が選手にかかります。転倒防止策の重要性は言うまでもありませんが、選手の姿勢保持も無視できない問題です。もちろん電動車椅子サッカーは筋ジストロフィーだけのスポーツではありませんから、姿勢保持はまったく問題にならない選手もいっぱいいます。しかし筋ジストロフィーの選手にとっては重大です。これは単に上体を固定するだけでは解決しません。頭部への影響も考慮する必要があります。現在専用のベルト(写真3)等の開発が潟Aシストの村上委員と共同で進められていますが、今後の課題です。

写真3 電動車椅子サッカー用ベルト(試作品)

 姿勢保持に関連する問題として電動車椅子そのものが挙げられます。当然のことですが、電動車椅子の性能は、試合の結果に大いに影響します。ところが前述の通りその性能についての規制は最高速度のみです。加速性、馬力等に対する規制はありませんから、当然これらの性能がよい車の方が有利です。
最近サッカー専用の電動車椅子も販売されました。しかし、だれでもこれらの高性能車を乗りこなすことができるわけではありません。特に筋ジストロフィー選手は注意が必要です。

(7)おわりに
 おそらく皆さん方の主治医の先生で電動車椅子サッカーのことをよくご存知の先生は少ないと思います。ましてやその医学的問題点を理解されている方はほとんどいらっしゃらないかもしれません。そのような場合には、この手引書と本事業で制作したビデオを見ていただいてください。
 なお、不明の点は徳島病院までお問い合わせください。
 では皆さん、競技場でお会いしましょう。
(多田羅勝義)

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