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日本筋ジストロフィー協会「貝谷賞」受賞研究の概要

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2023年6月17日の日本筋ジストロフィー協会第60回全国大会で公表された「貝谷賞」受賞研究の概要を、青木吉嗣先生(国立精神・神経医療研究センター)に提出いただきました。

課題名:
無侵襲に筋ジストロフィー治療薬の効果をジストロフィン回復レベルにより評価可能なヒト骨格筋細胞アッセイ系

研究のテーマ:

筋ジストロフィーの中で最も頻度が高いデュシェンヌ型の責任遺伝子はDMD遺伝子であり、ジストロフィン・タンパク質の合成に必要な79個のエクソンからなります。患者さんでは、様々なパターンの遺伝子変異が原因で、筋肉の細胞膜からジストロフィンがなくなり、次第に筋肉が痩せて力が弱くなります。私達と日本新薬(株)は、患者さんとご家族の献身的な協力を得て、根本的な治療法がなかったデュシェンヌ型に対して、核酸医薬品であるビルトラセンを開発しました。ビルトラセンは、DMD遺伝子の53番目のエクソンをスキップすることで、ジストロフィンを作れるようにする、国産初の筋ジストロフィー治療薬です。デュシェンヌ型患者さん全体の約6%が治療の対象になります。患者さんは週1回、外来で点滴を受けますが、これまでに重い副作用の報告はありません。治療により、筋肉でジストロフィンが回復する量は正常の約5%ですが、歩く速さなど運動機能の改善傾向も認められています。

続いて私達は、DMD遺伝子の44番目のエクソンをスキップする薬の開発を進めています。しかしながら、患者さん体内での治療薬の効果を検証するには、患者さんに心身の苦痛を与える筋生検で得られた骨格筋を使用して、患者さんごとの治療効果を調べる必要があることが課題でした。そこで私達は、筋生検に代わり、患者さんの負担が少なく、筋ジストロフィーの臨床試験の効果を試験管内で予測できる、新しい方法の開発に取り組むことにしました。

尿由来細胞は、尿から簡単に採取できる細胞です。これらの細胞は、腎・尿路系の上皮細胞に由来しています。尿由来細胞は、優れた自己増殖能力(約24時間で倍増)と多様な分化能力を持ち、間葉系幹細胞の特徴を持つとされています。私たちは、ヒト尿由来細胞を効率的に樹立するために、最適な抗生物質の組み合わせを使用しています。この方法により、提供していただいた尿から高い確率で尿由来細胞を樹立することができます。また、複数回の尿採取が可能であれば、ほぼ全ての方から尿由来細胞を樹立できると考えられます。

私たちは以前の研究で、患者さんに皮膚生検を行い、皮膚の線維芽細胞を採取し、筋制御因子であるMYOD1を導入して骨格筋細胞(筋管)に分化させ、薬剤の効果を細胞で評価する方法を開発しています(斉藤ら、PLoS One. 2010)。しかし、この方法は患者さんに苦痛を与える皮膚生検が必要でした。そこで、私たちは、MYOD1レトロウイルスベクターを作成し、デュシェンヌ型患者さんの尿由来細胞を使用して、エクソン・スキップの治療効果を評価できる方法を開発することにしました。最初に、テトラサイクリン発現誘導システムを使用して、筋制御因子であるMYOD1を過剰発現させ、尿由来細胞の骨格筋細胞モデルへの分化方法を開発しました(図1)

この方法で得られたデュシェンヌ型患者さんの骨格筋細胞モデルは、病気の骨格筋の状態を再現するだけでなく、エクソン・スキップ薬の治療効果を高感度に評価できました(図2)(滝澤ら、Sci Rep. 2019)。

次に、私たちはデュシェンヌ型患者さんの尿由来細胞から得た骨格筋細胞モデルを使用して、エクソン44スキップ薬の効果を試験管内で予測することが可能かどうかを調べました。私たちはエクソン44スキップの医師主導治験に参加した6人の被験者を対象に、筋生検で得られた骨格筋、筋芽細胞および線維芽細胞に加えて、尿から樹立した尿由来細胞を用いて、エクソン44スキップ薬の効果を評価しました(図3)

筋芽細胞、MYOD1を過剰発現させた線維芽細胞および尿由来細胞を、分化培地で骨格筋細胞(筋管)に分化させた後、細胞培養液にエクソン44スキップ薬を加え、治療効果を調べました。結果として、全ての被験者の3種類の細胞で、エクソン44スキップ薬の濃度が増えるほど、エクソン・スキップおよびジストロフィンの発現レベルは増加することが確認されました。さらに、被験者由来の骨格筋細胞モデルを使用して、エクソン44スキップの効率とジストロフィンの回復レベルを確認することができました。また、骨格筋細胞モデルでのエクソン・スキップ薬の50%効果濃度は、筋生検で得られた骨格筋での薬効を反映していることがわかりました。以上から、デュシェンヌ型患者さんの骨格筋細胞モデルを用いた薬効評価(アッセイ)系は、患者さんに大きな負担をかけることなく、患者さんの体内でのエクソン・スキップ薬の治療効果を、試験管内で予測できる可能性があります。

私達が開発した骨格筋細胞モデルを用いたアッセイ系は、筋生検に部分的に代わり得る (筋生検の回数を減らせる)だけでなく、私達が準備を進めるエクソン50スキップ薬やエクソン51スキップ薬の開発を、加速し得ると期待されます。私たちは、日々研究を進めることで、負担が少なくより良い治療法を患者さんに届けられるよう努力しています。


青木吉嗣先生の図1
図1


青木吉嗣先生の図2
図2


青木吉嗣先生の図3
図3


表彰状

 

☆「貝谷賞」受賞研究 朝日新聞が紹介 令和5年7月28日

 

 

(以上、ホームページ運用チーム)

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