広島支部長に就任して
広島支部 瀬川 和江
はじめまして。長らくご活躍された小林支部長の後任として、広島支部長に就任いたしました瀬川和江と申します。協会に入会して約半年で右も左も分からず、ご迷惑をおかけすることもあろうかと存じます。私なりに精一杯務めさせていただく所存でございますので、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
令和3年1月22日、東京都内の総合病院で第一子となる娘を出産。世界で通用するようにと、結婚式で新郎父から贈られた“Bon voyage”にちなんで『紗羅』と名付けました。
今思えばこの時から、娘がご縁で出会えた多くの方々に支えられての育児だったと気づかされます。産後すぐから哺乳力がとても弱く、看護師さんは飲みやすい哺乳瓶になるように試行錯誤。生後2ヵ月から通い始めた育児教室では、ベテランの先生が早くから娘の運動面の発達について専門医に診てもらった方がいいと心を砕いて下さいました。そのアドバイスがあったからこそ、まだ福山型の筋ジストロフィーと判明する前から療育へと繋げることが出来ました。療育先で昭和大学の向井美惠先生から受けた摂食指導のおかげで、娘の離乳食がうまくいかず悩んでいた私は本当に助けられました。
広島に帰ってきてすぐ町内に児童発達支援事業所が新規開業し、温かいスタッフさん達のお陰様で今も娘は週2回の通所を楽しんでいます。広島大学病院で診断確定を受けた直後は、夫婦で先の見えない不安に押し潰されそうでした。しかし、そこから協会とのご縁に恵まれ、協会の方々やふくやまっこの会の皆さんと出会えたことで家族の未来に明るい光が差し込みました。今は医療型療育とPTにも週1回ずつ通っており、お座りと寝返りまであと一歩の所まで頑張っています。
ざっと振り返ってみても、数多くの素敵な出会いをもたらしてくれた娘には感謝の気持ちでいっぱいです。これからも多数の困難にぶつかるだろうと思いますが、一人で抱え込まず皆様から学ばせていただきながら楽観も悲観もしすぎずに子育てしていこうと思います。
最後に、障害のある子どもを育てたミリー・パール・キングスレイさんの書いた詩に感銘を受けたので抜粋をご紹介し筆をおかせていただきます。
『オランダへ ようこそ』
この先ずっと「私もイタリアへ行くはずだった。そのつもりだったのに。」と言うのでしょう。だって、失った夢はあまりに大きすぎるから。でも、イタリアに行けなかったことをいつまでも嘆いていたら、オランダならではの素晴らしさ、オランダにこそある愛しいものを、心から楽しむことはないでしょう。
以上
(以上、ホームページ運用チーム)