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第56回総会代表理事挨拶

  • JMDA

一般社団法人日本筋ジストロフィー協会第56回定期総会

貝谷久宣代表理事の挨拶

 

日 時 令和元年5月19日(日) 午前10時~12時20分

場 所 東京都新宿区戸山1丁目22番1号 戸山サンライズ会議室

 

 みなさんおはようございます。

 昨日の大会はいかがだったでしょうか。講演者がいいと集まりもいいし、たくさん集まられて私はいい傾向だと思います。新しい顔も見られますので、筋ジス協会の活性化にはいい二日間になるのではないかと思っております。

 私が今思っていることと、それから昨日理事会でもお話ししましたが、色々なことがありますので、少し落ち着いてお話ししたいと思います。

 

1.高額寄付金の使い方

 まず第一に、皆さんの懸念の寄付金の使い方ということに関して、色々地方からのお話もあって、本部は勝手なことばかりやっているのではないかというようなお叱りの言葉をよく身に染みて、これからやっていきたいと思います。もう一度各支部長、各会員に寄り添って本部も考え直してやっていこうという事になりまして、差し当たり昨日の理事会では、海外派遣は中止ではないけれども、一応無期延期的な形にいたしました。という事でまず皆様のご了解を得たいと思います。

 ただ私が寄付金について最初から申し上げているのは、ある偉い文学者が、お金をけちけちと貯めていく(「惜福」)のか、みんなに幸福を分け与える(「分福」)のか、または「植福」と言ってそれを基にしてさらに大きなものにしようという試みをするのか、色々使い方がありますが、私は一番最後のものを重要だと思って、一番それを基本にとっておりましたが、三等分することも大切だろうという気になっておりますので「植福」だけでなく「分福」もしましょうということでございます。

 

2.会員減少について

 

 次は、昨日の要望事項・決議事項にも出ておりましたが、会員が減少しているというのは、これは実際の事実です。私が理事長になる直前、その二~三年前が一番良くて、理事長になる二~三年前から少し低下傾向にございました。これは世の中の流れですし、もっと大きなことを言いますと人口も減っているし、筋ジスの特にデュシェンヌ型の患者さんは確実に減っています。これは学問的にデータが出ています。これはどういうことかと言いますと、遺伝子研究がここまで進んで遺伝子検査もできるし、そういう点で家族計画という面でもかなり昔とは違っています。そういうことからある種の患者さんは確実に減っています。ただ言っておきますが、デュシェンヌ型も三分の一は突然変異で出ますから,ゼロになることは絶対あり得ないことです。ですから、あまりマイナス思考しなくて、減ってるからということは、それはそれなりに、当然全ての世の中の成り行きであると。むしろ我々のこの会が活性化していくことを考えれば一番いいのではないかと私は思います。そういうことで二番目は会員減少はあまり言葉にしないようにしましょう、と。

 

3.国立精神・神経医療研究センターの部長ポストについて

 それから、昨日も決意で言っておきましたが、ここまで日本の筋ジス研究を世界のトップにして、ついに日本から新しい薬がでるというところまでになったのは、今までの五十年間の蓄積です。最後にやっぱり武田先生がそれを仕上げる様なところまできているわけです。武田先生が遺伝子研究の教室というのか、研究室も筋ジス協会の凄い肝いりなんです。元々は20年近く前に、前の前の川端理事長と私が厚生省に行って「遺伝子バンクを作って下さい」というのが一番最初なんですよ。今は研究のための遺伝子バンクだけど、当時はその家族計画をしっかりと立てられるように、お兄様が亡くなってしまった時、その後の妹たちの子供はいいのか、ということがちゃんと分かるようにして下さい、といったのが最初の願いなんです。その時に当時の国立精神・神経センター神経研究所部長の荒畑先生が「わかった」と言って、その時に新しい研究班を作ってくれたんです。それがかなり進んで、それを埜中班で三年間やって、その後武田班なんです。ということで、それが遺伝子から遺伝子の研究の方に移ったわけですね。ただ残念なことにその当時筋ジス協会は既に遺伝子バンクという言葉を出していたわけです。研究者は誰もしなかった。遺伝カウンセリングの研究だけしておしまいだった、三年間。私はそれを非常に残念に思っています。そこから始めていればもう世界のトップだし、もの凄く変わっていたと思います。今のRemudyはこれだけ発達していますから、そういう点では我々家族会の方がむしろ研究者よりも先を行っている、先を読んでいるんです。実際の身に迫った感じで。ということがありましてその武田班が、武田先生が部長をやり、研究所長で部長をこの三年間やられて、その武田先生の後任が決まらないんです。遺伝子疾患の研究室の部長が決まらない、それも一年以上も決まらないんです。これはゆゆしき出来事で、我々はこの会を作ったのも、元々「研究してよ」といって作ったわけです。その筋ジスを研究してと言って、当時榊枝氏が田中首相に会って、そしてその四年後に国立研究センターはできたわけです。若い人はそういう歴史を知らないかもしれないけれども、そういうことで国立精神・神経センターというのは筋ジスが一番基の基にあるんですよ。その研究所で、一番大切な世界のトップの遺伝子の研究がこれから進んでいくというのに、部長を決めずにいるんですよ。ですので、皆さん、その決議文を持って研究所に行きたいと思います。できるだけたくさんの人で、総長と研究部長に会いたいと思います。水澤総長に私も何回も言っています。筋ジスの人にしてもらわなければ困ります、と。だから決まらないんです。他の人にしたいんだけれど、我々が怖いから。もちろん厚生労働省の高官にも私は会いに行きました。そこから水澤先生にも言っていますけれど、今残念ながら国立精神・神経医療研究センターというのは独立法人になっているんですね。ですから最終的には五人の理事が部長を決めることになるんです。五人の理事の内三人は外部であまり内部のことは分からない。会計士と法律家と帝京大学精神科の女性教授、後二人は総長と武田先生なんですよ。だからその五人というのは来たものを「はい」と承認するだけの状況。ですから結局最後は和田研究部長が采配を握るっているわけです。ということで我々は和田さんの所に「困りますよ」と言いに行きたいんです。ですから是非皆さん日にちが決まりましたら、行かれる人は一緒に行って欲しいと思います。ということが三つめの話です。

 

4.「臨床治験研究促進機構」設置について

 それから、昨日理事会で私が初めて出しましたが、ここ二~三年は新しい治験のラッシュです。ですから、今度出る薬は日本新薬から武田先生のと第一三共から松尾先生のが来年中には遅くとも出るだろうと。日本新薬と第一三共は他の部分について同じ手法で新しい薬を開発すると。その二つは確実に計画に入っている。それ以外に武田薬品はジストロフィンを直接入れるのを三年後にやりますと、言ってきています。それ以外に小さな会社もありますが、遺伝子じゃないのもあります。  そして今アメリカから五つ六つ製品を持っているのが二~三回協会に来ました。二百万円の寄付金を得ました。という事は向こうも色々やってくるから協力してよという形で来ているわけです。これから治験がドンドン始まるよということで、治験されるときに治験される患者は「はいはい」と言ったままでいいのか、ちゃんと我々の辛さも色々と分かってもらってやってもらわなければ困る。私のクリニックで使っているたった十八gの心電図がある、二十四時間の。その心電図の中には運動量、三次元の運動が測れる様になっている。そして体温も測れる。二十四時間だったのが今新しく開発されて一週間着けたままでデータが出る。それを測るだけで一日何メートル何キロ歩いたか出るし、一番大切な心臓の状態も二十四時間ずっとデータが取れる。何故これを使わないのか、私は二年前に小牧先生に出した。この前武田先生に会った時に私がその話をちらっとしたら「先生そうなんだよね。フランスでも始めたんだよ、それを。日本でもやろう」と。その会社の人にも会い会議を一~二回開いているが、そんな小さな二十四時間の心電図で医療機械として認可されているのは日本でその機械だけ。携帯で「CarPod」とひくとその製品がパッと出ます。十八g。これを使ってやれば、患者はもっともっと楽になるよ、と言っていたらこの間、日経新聞に「海外で患者は家で治験を受けられます」と、ウェアラブルのものを色々着けて、みんなGPSに飛ばして研究用にデータが集まって、それを人工知能でちゃんと処理して非常に客観的なデータが出ます。患者はこれですごく楽になります、製薬会社もこれですごくお金が倹約できます、時間も倹約できます、というのが今フランスのサノフィ社とスイスのロシュ社がもう始めています。それで治験を。日本でもそれを早くやってと言って、昨日の理事会で「臨床治験研究促進機構」というものを協会の中に作ってもらいました。顧問には関係者が全部入りました。製薬協の理事長も入りました。後、政治家はもちろん我々の名誉会長の野田さんもOKを取りました。もうほとんど全部埋まりました。後は文章を作るだけで出来上がりです。実際に先週「神経筋疾患先端医療研究促進協議会」というのが新しくできて、全国のトップが全部集まりました。これは元々Remudyの会議と製薬会社やなんかの治験をやりましょうという会議を集めた新しく統合した会議なんです。ですから全国の筋ジスをやっている教授、病院長が全部来ます。その中に協会から私が行って今の話をして、これを使わなければだめじゃないのという話をして、まずそれで基本的なデータを出しましょう、そういう研究をしましょうということで、基礎データを出す研究を信州の松本医療センター、大阪と、鈴鹿の三つでやることが決まりました。これは間もなく基礎データを取るのが始まって、それがデータとして論文化されれば、治験に使われるようになっていく段階です。これは我々が言わなければ研究者はちっとも足腰上げない、今までやっている事だけで見る目が狭いんですね。というところで、武田先生だって海外学会あちこち行きっぱなしだからそういう情報が入ってくるわけです。これは患者が、楽に治験を受けられるという事が一番。そういうことも皆さん理解していただいて、ぜひ色々やっていきましょう。

 

5.顔面肩甲上腕型(FSHD)分科会について

 それに関係してもう一つは、顔面肩甲上腕型(FSHD)の人の分科会を作りたいと。この分科会を是非協会の中でやって欲しい。他の分科会のように分かれてやってしまうと、やはり力は小さくなります。筋強直性の分科会が活発になっているし、今、模範は福山型です。FSHDについては私が西野先生に「遺伝子検査ができるようになったらすぐバンクを作ります、登録システムをやりましょう」と言っているが「まだできません、できません」と。本田氏という東大を出たFSHD人で今は京大の大学院で研究をしている人がいて、もう1人濱中氏もそういう人で横浜市大の遺伝子のところで働いている。FSHDの研究者が二人いる。本田氏は昨日いて、今度学会に発表に行くということで、新しい遺伝子検査の方法を色々聞いてきて欲しいと、それがあればすぐ日本に導入してバンクを作ろう、と。FSHDはきちんと遺伝子検査をしていかなければ治療にすぐ結びつかない、デュシェンヌ型と同じような感じ。ですからFSHDの方にいっておきたいが、これは協会と一緒にやらないと絶対にできない、それは私が断言しておく。

 

6.次期役員体制について

 

 次は、今の理事会ですが、私は来年で十年になりますので辞めさせていただきます。しかし協会に関しては違う形で貢献したい、特にこの治験に関しては医者でなければなかなか意見が言えないので、当分は違う職をいただいて、やらせていただきます。やはり理事会も世代を替えるべきだと思っています。新しい人にどんどん全国から手をあげて理事をやって欲しい。そうでないと新しい時代について行けない。実は皆さんご存じない方もあるかもしれませんけれど、業務契約をこの前しました、イースマイリーさん、これは矢澤副理事長の息子さんがヤフーとか色々勤めてついに独立されてITで自分でやっていくという仕事を始められた。彼らのアイディアというのは私の様な古い頭と全然違う。そういう形でクラウドファンディングとか色々やれば、協会もっと活発になります。そういうことがしっかり理解できて、積極的に取り入れられるような理事でないとこれからやっていけない。はっきり言って、協会は。だから来年はできるだけたくさん若い人が立候補というのか地方で手を挙げていただいて、この会に来て欲しいと思います。そして今の理事の方々は、またやっていただいてもいいけれどもそれだけの覚悟を、または若い世代の推薦できるような人を連れてきて欲しい、と私は思っております。それでないと新しいもの、激しい時代の波について行けない。いつまでも今まで通りやっていれば消滅します。ですからそういう点で是非皆さんにお願いしたい。特に若い今日来られている遠くからも来られている会員には「私理事やります」と言って欲しい。

 私の話したいことはそれくらいの事で、後は今日は大泉さんが来てくれるということで、ちょっと楽しい会になるんじゃないかと思います。一日有意義な会にしていただきたいと思います。そういうことで私の挨拶は終わります。

 ますます今後も筋ジストロフィー協会を活発にして、皆さん自身が病気と共に有意義に素晴らしい生活が送れるようにしたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。