生体関連化合物の分子認識を基盤とする筋ジストロフィー治療薬の創製研究(マイオスタチン阻害ペプチドの開発)
林 良雄(東京薬科大学 薬学部)
筋ジストロフィー治療薬をめざしたマイオスタチン阻害ペプチドの創製
マイオスタチンは、筋肉の増加を妨げるホルモンです。実は、筋肉は放っておくとどんどん増える性質があるようです。それを適正な大きさに整える仕組みとしてこのホルモンが活躍しています。
したがって、このホルモンを生まれながらに持たない動物では、面白いことに筋肉が普通より大きくなることが知られています。このことから、人でも適正にマイオスタチンの作用を阻止できれば、筋量が増えると考えられています。
筋ジストロフィーの治療でも筋量を増やすことは大切です。そこで最近、製薬会社を中心に新しい筋ジストロフィー治療薬として、抗マイオスタチン薬の開発が世界中で進められています(図1)。
それらの多くは「抗体」というタンパク質からできている巨大な分子を利用した薬の開発です。一方、私達は抗体よりはるかに小さなペプチドという分子に注目しています。すなわち、マイオスタチンへ特異的に結合するペプチドの創造です。
このペプチドを利用すれば、筋肉細胞の表面にある受容体にマイオスタチンは結合できなくなります。これによりマイオスタチンからの筋肉増殖の「停止指令」は筋肉細胞の中へ伝わらず、筋肉は増殖を続けられます。
ペプチドもタンパク質も体の中にあるアミノ酸が繋がった分子なのですが、複雑なタンパク質に比べてペプチドはとても小さくて簡単な分子です。抗体を巨大なシロナガスクジラに例えると、今私達が研究しているマイスタチン阻害ペプチドはモルモットの大きさです。小さなペプチドは化学合成により簡単に造ることができます。
したがって、化学合成のできない抗体に比べてとても安価に製造できます。また、抗体ではちょっと難しいのですが、ペプチドでは精巧な薬の仕組みを人工的に付け加えること(高機能化)ができます。すなわち、私達の研究は、ペプチドを利用して高度な機能を持ったマイオスタチン阻害ペプチドの創造と言うことになります。
医薬品開発の出発点となる分子を「リード化合物」と呼びます。私達は最近、マイオスタチンの作用を阻害するリード化合物として、23個のアミノ酸からなる「ペプチド1」を発見しました。このペプチドは、図2に示すようにマウスの筋肉に直接注射すると、その部位の筋量を約20%増やすことができます。
さらに研究を進め、現在このリード化合物よりも約10倍強力にマイオスタチンを阻害する新しいペプチドを創造しました。また、この効力を保持したまま、ペプチドを構成するアミノ酸の数を16個にまで減らすことにも成功しました。
しかし、医薬品として患者さんにお届けできるまでには、まだ数々のハードルを超えなくてはなりません。例えば、現状のペプチドでは筋肉に直接注射しないと効果が現れません。実用化には経口投与や点滴注射などにより全身で効果を発揮できる分子の創造が必要です。
私達は、医薬品というゴールをめざして、さらに強力で長時間に渡って体内で作用する効き目の良いペプチドの創造を続けていきます。