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筋ジストロフィーの鑑別診断における自己抗体測定の意義

鈴木 重明(慶應義塾大学 医学部 神経内科)

筋ジストロフィーと症状や経過が似ている筋肉の病気はたくさんあります。
この中には、ステロイドなどの免疫治療が必要な疾患も含まれており、筋ジストロフィーの鑑別診断はとても重要です。
炎症性筋疾患(inflammatory myopathies)は免疫学的機序により筋線維が障害される疾患の総称で、簡単に「筋炎」と呼ばれています。
筋炎はさまざまな病態機序を背景にもつ疾患のあつまりで、その1つが免疫介在性壊死性ミオパチー(immune-mediated necrotizing myopathy, IMNM)です。
IMNMの中には、経過や筋肉の病理検査では筋ジストロフィーとの区別が難しい患者さんがいることが明らかになってきました。

10年前のことですが、11歳に歩行困難で発症してから20年の間、筋ジストロフィーと診断されていた患者さん(男性)が、私の外来にきました。 11歳と16歳の時に、筋生検を行っていましたが、確定診断がつかなかったようです。
32歳の時に、私が診察したときには、車イスの状態で、大腿のMRIでは筋肉は萎縮して、ほとんど脂肪組織になっていました。 12歳の時に筋炎が疑われ、一時的にステロイド治療が行われていたようですが、効果がなかったようです。

17-18歳には症状の進行はなく、「本当に筋ジストロフィーなのか?」という疑問がわいてきました。
「もしかしたら筋炎かもしれない」という可能性を考えて、RNA免疫沈降法という検査で自己抗体を調べてみました。
自己抗体というのは自分の体の中にある物質、多くの場合は蛋白などの分子ですが、これを攻撃するような抗体であり血液中に存在しています。

その結果、シグナル認識粒子(signal recognition particle, SRP)に対する自己抗体が見つかりました。抗SRP抗体は筋ジストロフィーの患者さんからは検出されないことを証明しました。
この患者さんは筋ジストロフィーではなく、筋炎(IMNM)だったのです。もし、病気が起きたときに自己抗体が測定できて適切な診断のもとステロイド治療ができたら、きっと車イスにならなくて済んだでしょう。

IMNMに関する研究をすすめていくと、重要な自己抗体はもう1つあることがわかりました。 3-hydroxy-3-methylglutary-coenzyme A reductase(HMGCR)に対する自己抗体です。
現在、IMNMの診断には抗SRP抗体と抗HMGCR抗体の測定がとても大切です。数か月かけて症状が進行するのが、筋炎の典型的な経過です。
ところが、IMNMの25%くらいの患者さんは、1年以上かけてゆっくり症状がすすんでくる場合があります。このような慢性型は一見すると筋ジストロフィーのような経過になります。

筋ジストロフィーの鑑別診断における自己抗体測定の意義について、さらなる研究をすすめていきたいと思います。
ただしい治療が行われずに、後遺症が残ってしまう患者さんがいないようにしなくてはなりません。
自己抗体測定は、保険診療ででき、そしてすぐに結果がでるような一般的な検査にではないので、簡単に測定できないのが現状です。この点についても、解決するようにしていきたいと思います。